Yamasaki 1999年9月・10月の我が家の出来事



運転免許(毅)

Takeshi is driving

とうとう、毅が自動車免許をとった。交通局(DMV=Department of Motor Vehicle)との間で何回か実技試験を受けれるかどうかでもめたが、去年10月にとおった筆記試験の有効期限(1年)ぎりぎりで、実技試験を通った(審査官にGood Jobといわれたとのこと。)。未成年者が運転免許をとるためには、教習所での10時間ほどの実技練習のあと、親がとなりにのっての60時間の練習を経なければならない。そして、自分の保険がかけてある車で実地試験に臨む。車の保険料は、未成年だと大人の5倍くらいにはねあがる(それでも学校の成績がいいと安くしてもらえる)が、とにかく免許がとれてほっとした。それから、せっかく免許とったのだからと、自動車通学(片道)を始めた。まず毅が学校まで車でいき、そこで車をおく。父親がその後自転車で学校に行き、車に乗り換えて会社へいく。毅は自転車で帰る。というようなからくりで、毅の車の練習とお父さんの運動と、一石ニ鳥になった。この写真はオデッセイを運転する毅を撮ったもの。ルームミラーの下に白い札がかかっているが、これは祖父から送られたもので、"Attention!"と祖父の字で書いてある。


数学の宿題(遼)

9月から学校は新学期が始まった。遼は数学の飛び級を勧められて、夏休みの間に自習をするという前提の上に、新学期からは代数を習うことになった。その何回目かの「チャレンジ」と呼ばれる宿題に、以下のような難問(奇問)がでた。この問題は結局彼の父親も30分ほど考えたが「あること」に気がつかず、会社の若い研究者の手をかりたというものである。ちょっと自信のある人は考えてみてください。「頭の体操」といったたぐいの数学であるが、問題自身も愉しい。(もちろん原文は英語)

「ミス・デュフェックは、大学を卒業後、ダイエット・ペプシを輸送するという職を得た。3000缶のダイエット・ペプシを1000マイル離れた店に運ぶという仕事である。彼女のトラックは一度に1000缶のダイエット・ペプシをのせることができた。彼女はダイエット・ペプシが大好きだった。
彼女は懐かしくそのダイエット・ペプシを運んだころを思い出す(特に坂道でとまりそうになったときなど)のだが、実はミス・デュフェックはその仕事を長く続けることができなかった。彼女は運転するとすぐ眠くなるという癖があったのである。しかし彼女は1マイルあたり1缶のダイエット・ペプシを飲み続ければ、おきて運転しつづけることができることを発見した。そこで運転中に、運ばねばならない3000缶のうちいくらかを彼女は飲まなければならなかった。
さて、運転中に寝ることなく店へとどけることができた缶の数は、最大何缶であったか?

(ボーナス問題)
4000缶を運ぶときは、最大何缶店へとどけることができたか?5000缶の場合は?10000缶の場合は?一般的に1000の倍数の場合にはどうなるか?」


フィッシャマンズ・ワーフ

Goldengate Bridge in Fog Alioto's

昔買ったカメラに、望遠ズーム(60mm-300mm、マクロ可)、標準ズーム(35mm-105mm、マクロ可)、広角(24mm)、ダブラーレンズを買い揃えた。夏にグランドサークルの旅行でもっと望遠、もっと広角、もっと接写という欲求が出たからである。そのレンズを試しに使うためにサンフランシスコのフィッシャマンズ・ワーフに行った。左の写真は望遠でとった霧と雲にけぶるゴールデン・ゲート・ブリッジの写真である。昼食は有名なイタリア料理店Alitoto'sでとったが、右の写真は、道路の反対側から標準ズームで撮影したものである。



グレート・アメリカ

Top Gun Great America Rip Roaring Rapids

絶叫マシンで有名なグレート・アメリカ( 英語)にいった。実は3度目のトライでようやくはいることができた。過去2回たずねたときには、さすがにシリコンバレーの遊園地らしく、業績のすこぶるいい企業が借り切っていたために入場できなかったのである。左はトップガンという足が宙にういたままで振り回されるローラーコースター、毅は2回乗ったが遼は1回でやめた。この写真の場所できりもみ状態になるのだが、降りてもふらふらするとのこと。右はリップ・ローリング・ラピッズという川くだりのようなもの。この写真の場所では観客がボタンを押して乗客に水をかけることができる(ただし25セントかかる)ようになっていて観客も盛り上がっていた。毅と遼もやられた。さすがアメリカ。



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