Yamasaki 2008年11月・12月の我が家の出来事-1



このページにも書いたように、会社に勤めて30年を経過して特別休暇をいただけることになり、2分割して前半を松江と温泉津での父の3回忌を中心に使わせてもらうことにし、後半を淳子の誕生祝いも兼ねてイタリア旅行に使わせてもらうことにした。もちろん「芸術の秋」である、ルネサンス芸術、特に徹にとってはミケランジェロそしてその中でも4つの「ピエタ(イエス・キリストと、その亡骸を腕に抱く聖母マリアをモチーフとする宗教画や彫刻)」を鑑賞する旅とした。そしてもうひとつは、映画「ローマの休日」の舞台をまわること! その2つを旅のポイントにした理由であるが、実はこのページでドイツの都市パッサウの話題のなかで触れたように、30年前、ちょうど大学卒業の直前の春休みに、徹は一人で一ヶ月、(西)ヨーロッパを旅してきた。しかし、そのなかでミラノに行かなかったため「ロンダニーニのピエタ」を見ることができなかったこと、旅で一緒になった連中と浮かれすぎて「ローマの休日」の中のハイライトのひとつ、「真実の口」を訪れることができなかったのが心残りだったからである。なお、学生時代に来たことがあるベニス、フィレンツェ、ローマについては、30年前のなつかしい写真をアルバムから引っ張り出してきて比較もしてみた。

ミラノー1

London Hotel1 London Hotel2

飛行機は直行便がとれなかったためウイーン経由。ミラノには夜ついて、タクシーでホテルへ。今回はどこもこぢんまりしたホテルにしたが、ここロンドンホテル(左写真)はドォーモやスカラ座に近くて便利な上に隣が中華料理店「萬珍楼」で、夜でも食事に困らなかった(右写真)。


SantaMariadelGratier1

SantaMariadelGratier3

次の日の朝、サンタマリア・デッレ・グラツイエ教会へ(上写真)。長い時間をかけた修復が終わったレオナルド・ダビンチの「最後の晩餐」を見るためである。

入場前の待合室で、まずこの壁画の運命に驚く。第2次世界大戦でミラノが爆撃されたとき、この教会はまともに爆弾を蒙ったのだが、食堂にあったその壁画のある壁だけが奇跡的に残り、さらにあらかじめ壁画が痛まないように壁の表面を覆っていたため、その壁画を今見ることができるということである。さて、待合室からドアをいくつも潜り抜けてやっと見ることができ、淳子が涙を流すほど感激したその「最後の晩餐」を載せておく(下写真:ちょっとぼけているが絵葉書より)。実はこの「最後の晩餐」鑑賞は、1ヶ月前には予約が満杯で、出発直前にキャンセルが出たためやっと実現したのだが、その甲斐があった。


SantaMariadelGratier4 SantaMariadelGratier5

この教会のすぐそばに、楽しい紙細工やさん(というか学校の子供たちのための文房具やさん)がある(左写真)。日本人好きな店主ルチアーノさんが、仕事場に招きいれてくれて一緒に写真をとって貰った(右写真)。


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