Yamasaki 2010年11月・12月の我が家の出来事-42



北京-25

頤和園16 頤和園17

また湖岸を北へ引き戻して、一路万寿山にある仏香閣を目指したが、途中妙なる二胡の調べが耳に入ったので寄ってみた。そこがこの玉瀾堂、入口のところでおばさんが二胡をひいていた(左写真)。玉瀾堂は、西太后が光緒帝から権力を剥奪し軟禁した場所である。光緒帝の悲しみを慰める歌に聞こえた。

その西太后が日常生活を送っていた楽寿堂(右写真)。建物の正面には写真に写っている銅製の鶴以外に鹿、大瓶が並んでいたが、これは「六合太平(=天下泰平:六合は天下・宇宙・上下・東西南北の六つの空間を指す)」の漢字の発音にちなんで置かれている(鹿鶴大瓶=六合太平)とのことである。


頤和園18 頤和園19

楽寿堂の南側には、きれいな彩色画が施された屋根のある回廊がある(左写真)。静心斎の廊下と同じであり、後で紹介する有名な「長廊」とも同じ、というかつながっている。西太后のお好みなのであろう。回廊の湖面側にはいろいろな形の洒落た窓がついた壁がある。(右写真:外側から見たところ)。


頤和園19 頤和園20

  きっと風雨が強くて湖に出れないときでも、この回廊から窓に描かれた絵とともに湖と十七孔橋を眺めながら歩いたのではないかと想像される(左右写真)。なお、西太后が昆明湖に遊覧に出た「水木自親」と呼ばれる桟橋もついている。


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